短編
事実を元にした短編を、大昔に自分のHPを作って書いたことがあります。
とあるところから、電子ブックにしないかという話を頂いて、
怖くなって未完成で放置したんですが。
まあ、修正して一部を抜粋。
主人公の名前は私の本名に似てるんでかえときました。
第壱話 発覚
「桜さんは、先天性の両感音性難聴です。生まれつき耳が聴こえていません。」
医師が、はっきりそしてゆっくりと美雪に告げた。
桜は女の子なのにも関わらず、とてもヤンチャだった。
夜泣きもほとんどせず、母乳もあまり飲まず
おとなしい子だと思うと日中は大暴れ。
ある時は天井まであるタンスの、取っ手を足がかりに
ロッククライマーよろしくよじ登り天井とタンスの隙間に入り込んで、
ちょっと目を離していた美雪をひどく驚かせたものだった。
またある時は、大型冷蔵庫においしいものがたくさん詰まってる事を知ったのか、
1歳の子供の力では開けれそうにない扉を
取っ手にぶら下がって全体重をかけて開けてしまったり、
電話をいじっていて110番にかかってしまったり。
足蹴りミニカーごと階段を下りようとして、ゴロゴロと転げ落ちたり。
二人目を宿した大きなお腹の美雪には、
何をしでかすか分からない桜に手がかかった。
そして桜が3歳の頃、紅葉が生まれた。桜に3つ下の妹ができた。
美雪と一秀は、暖かい目でゆっくりと桜と紅葉を見守った。
ところが、美雪は桜が少しおかしいことに気づいた。
時々「桜」と呼んでも振り向いてくれないことが多くなった。
それでも時々だったので、機嫌が悪いのだろうとあまり気にしないでいた。
呼んだときに即座に振り向いてくれたときもあったからだ。
ところが、段々明らかに発語が少ないことに気づいた。
体の様子でもおかしいのだろうか。
4歳になった桜を連れて、美雪はあちこちの病院を回った。
そしてついに、一つの病院を紹介された。
――大林耳鼻咽喉科 。
大林医師は厳しい表情でさらに続ける。
「原因は分かりません。ただ聴神経に
異常が見られることは確かで、これは・・・治りません。」
ここで大抵の母親は泣き崩れるという。
悲観に暮れ、我が子の行く末を憂い、
ひどい場合には心中を図ることがあるという。
ところが美雪はそうではなかった。
「そうだったんですか!これで、やりようがあるっていうものですね。」
ホッとした明るい表情の美雪に、大林医師は驚いた。
「美雪さん、桜さんの様なお子さんの為の、言語訓練施設をご紹介いたしましょうか。」
「ええ、ぜひお願いします。」
紹介書にペンを走らせる大林医師。
宛名は<難聴幼児通園施設つばめ学園>。
第弐話 二人三脚
桜は幼稚園に通いながら、つばめ学園にも通うことになった。
初めて補聴器というものを耳につける。
「補聴器」というのだから、あくまで補うだけでしかないが、
それでもつけていない時よりも少しは音が聞こえた。ただの「音」、だが。
幼児の付ける補聴器は、街で見かけたり、お年寄りが
つけているような耳に掛けるタイプではない。
「ポケット型補聴器」といって、マッチ箱より一回り大きい箱型の機械である。
そこからコードが伸びていて、その先に、耳の中にいれる
イヤモールドが付いているという仕組みだ。
どの子も、そのポケット型補聴器をしていた。
しかも、母親お手製の「ポケットつきブラジャー」に
両耳の補聴器2個をそれぞれ左右の胸ポケットに入れていた。
そしてその補聴器は、何度も聴力検査を重ね、その子に合わせた音質を設定する。
さらに本体にはボリューム調整と、集音マイクがついている。
一般的な価格にして、両耳の2個合わせて20万ほど。馬鹿にならない。
水に濡れようものなら、その高性能機器はオシャカである。
雨の日は特に大変だった。
ところがヤンチャな桜は、幼稚園のプールに入るとき、
補聴器を付けたまま入って壊しそうになったり、コードが邪魔で嫌がったりした。
特にイヤモールドがきちんと耳にはまっていなかったりすると、
かん高い「ピィーー!」という、周囲にも響き渡る
耳障りな音がするのである。(ハウリング)
講堂でマイクを使うときに、スピーカーから「キィーーン」という音がする事がある。
それは、マイクを通してスピーカーから発した音が、再びマイクに集音される、
いわば音のループが発生すると起こる。
これと同じ現象が補聴器にも起こっているのである。
きっちり耳にはまっていないことで音漏れし、
その音漏れを再び集音マイクが拾うと、その音が再び大きく増幅されて
ハウリングが起こるのである。
このハウリングは、桜にとっても耳障りだった。
さて、誤解されやすいが、補聴器をつけたからといって
聞こえるようになるのではない。
音というものが存在するということ、そしてその音が
何の意味を持つ音なのか、様々な音を聞いて
経験を積んでないと分からないものなのだ。
そこで「聴く力」の訓練が必要になる。
そしてさらに平行して、話し、書けなければならない。
「ことば」の訓練である。
桜が聴覚に障害を持っていることが分かったのは4歳という、遅い時期だった。
医学的には、就学前までに2000語に及ぶ言語を習得すると言われている。
ところが、4歳の時点で桜はわずか50語しか習得していなかった。
小学校に上がるまでに、残された時間はあと2年もなかった・・・。
血の出るような毎日が始まった。
朝起きて、幼稚園へ。
お昼に早退して、美雪と電車で1時間かけてつばめ学園に通う。
夕方に学園が終わり、買い物もして帰宅すること7時。
ご飯を食べ、お風呂に入った後は真夜中の12時過ぎまで訓練。
部屋という部屋あちこちの物に、名前をつけた付箋が貼られた。
常にその名前をみて、覚えられるようにだ。
「あいうえお」すら満足に発声できない。
美雪は50音から徹底的に叩き込んだ。
うまく発音できるまで頬を張り飛ばしてでも何度も何度も繰り返させた。
美雪は決して妥協を許さなかった。
つばめ学園では月に2度、野外に出ての勉強やイベントがある。
イチゴ狩り、芋掘り、雛祭り、博物館見学、田植え、月見、マラソン・・・。
数え上げればキリがない。
頻繁に外に出て、自分の手で触り、自分の目で見る授業をした。
普段の勉強では、母親たちが部屋の後ろで授業の様子を見ながらメモを走らせる。
帰宅してからの訓練方法を考えるためにも、授業での反省点を持ち帰るのだ。
また、授業が終われば母親たちは隣の部屋に行き、
母親同士で今日の反省点を話し合う。
そして、各々で家での訓練教材を自分の子供に合わせて作る。
美雪はオリジナルのカルタを作った。濁点や半濁点の付いたカルタだ。
50音のカルタは店で売っていても、濁点・半濁点のカルタはなかったからだ。
桜が、時々美雪を探しに隣の部屋に行くと、
大きなテーブルを母親たちが囲んでいて、
その上にはいつも色とりどりの色鉛筆、色画用紙、色紙、
クレヨン、ハサミ、ノリが散乱していた。
どの母親も、一生懸命だった。
その他にも、月に数回は聴力検査がある。
幼児向けの聴力検査は、あらゆる工夫が凝らしてある。
そこでは、音が聞こえてスイッチを押すと、精巧な汽車の模型が動く仕掛けだった。
桜はこれにかなりの興味を示した。
人一倍好奇心旺盛な性格なのだ。
水を吸収するスポンジの様に、あらゆる言葉、物事を取り入れていった。
美雪が桜の訓練にかかりっきりになっていた時、1歳の紅葉はどうしていたのか。
紅葉は、美雪に連れられて家の近くの保育園に入った。
桜の通園のためにも、そうせざるを得なかった。美雪にとって辛い、決断だった。
「今日から紅葉を、よろしくお願いします。
これからの送り迎えは紅葉の祖父がします。」
「分かりました。紅葉ちゃんはしっかり私たちが見ています。
ご安心なさって下さいね。」
園長先生が、美雪の不安を察してか、笑顔で答えた。
紅葉は、門へと歩く美雪を見て本能的に取り残されたことを悟った。
「びぇぇーん!おかぁたぁーん!えぇーん!」
保育士さんに抱きかかえられ、身動きがとれない紅葉は、
遠ざかる母親の姿を泣きわめきながら見ていた。
もちろん美雪も、背後で紅葉が自分を求めて、
置き去りにされた悲しみで泣きわめいてるのは分かっていた。
美雪は歩きながら、振り返らずに声を殺して泣いた。
家で美雪、桜、紅葉の3人で居ても、紅葉に構ってやる時間はなかった。
桜の訓練が優先だったし、ご飯の時も桜はテレビの音が聞こえない。
今、あの人は何を言ってるの?なんで笑ってるの?と聞いてくる。
答えている間に、紅葉はご飯を終え、一人で遊んでいた。
桜の訓練で、美雪も精神的に限界だった。
その時、ふっと紅葉を見ると、部屋の隅っこで一人遊びをしていた。
まだまだ1歳の、かまって欲しい年頃なのに。
美雪は、その不憫な背中を見て、紅葉を抱きしめて泣いた。
テーマ:大航海時代Online - ジャンル:オンラインゲーム
2008.02.12 | | Comments(0) | 粘土模造&雑記 ■





